もやもなあしあと

2019年11月にスタートした、詩作家・古屋利幸の公式ブログです。更新は、ほぼ隔週水曜日(^^♪ 。オフィシャルサイトでは、隔週刊詩も発信中。

私は「あなた」でできている。

何事も思い通りにならぬ不満と、明日をも知れぬ命への不安が、人を苦しめるのだと知り、なるほど、数多ある憂いのアレコレは、その二つに帰結するのだと合点し、なんだか心の荷が軽くなった気がした。

 

とはいえ、目の前に、生々しくも恨めしい日々の生活が横たわっていることに変わりはない。朝の商店街を駆け抜ける車輪の音に急かされて、駅へと走り、昼はせっせと、空腹に季節を忘れた食材を流し込み、不思議絵の階段を昇るごとくの労働に身をやつし、日暮れに追い立てられながら、密着列車で送還され、一日を終える。その繰り返し。

 

口をつくのは溜息ばかり。なんとも情けないありさまよ。ぼやきの吐息を見送って、ふと見上げれば夜の月。天上に貼り付くように笑っている。それも一生、これも一生。すべては仮初、この世は夢と思うなら、今日の憂いも笑い飛ばせるではないか。などと、誰とも知れぬ言い分が、静まり返った商店街をヒラリヒラリと泳いでいく。

 

啓示というには不確かで、悟りというには頼りない、道端の小石のようなささやきが、萎えた足取りを軽くした。然り。今が限りとするならば、袖すり合うはすべてがご縁。ミトコンドリア・イブのご登場を願うまでもなく、この世は縁の数珠つなぎ。誰彼含めて縁者であった。

 

比べて強がりへまをして、あの道選んで躓いて、途方に暮れて助けられ、思わぬところで杖を得て、前後不覚でフラフラと、目にした扉を必死で叩き、開いた部屋に倒れこみ、気を取り直して立ち上がり、さしたる気概もないままに、一歩一歩と積み重ね、今日を迎えていたのであった。

 

軌跡は奇跡の連続で、タイトロープの道のりだった。今が限りと想像すれば、ありがとうを忘れ去り、あたりまえに首まで浸かり、ふんぞり返った古漬が、この身と気づいた次第であった。風呂上がり、足先の指を見つめて思う。グー、チョキ、パーすら曖昧で、思い通りに動かせぬ。ましてや胃袋、肝臓に、腎臓、膵臓、心の臓、意思が通せるわけがない。

 

自分の体というけれど、授かりものの器のようだ。すると一体、「私」とは、この体のどこに居て、その実、何者なのであろう。思い返せば、感情や、扱いなれた言葉すら、握ったはずの手網を離れ、制御不能になることがある。そこに居るのが、隠されていた「私」であるか、見ず知らずの「ワタシ」であるか、未だ私には分からない。されど、この体が、授かりものの器なら、この「私」とて、私のものではないのであろう。

 

なんだか、煙に巻かれたようで、すべてがばかばかしくなった。いつか目にした清流をプカプカ浮いて流れゆく、ふやけた小枝が目に浮かぶ。そうだ。この身はきっと、小枝なのだ。自覚も意思もあるけれど、流れに抗うわけにはいかず、流れ流され、そのままに、日照りに乾き、雨に濡れ、時には小鳥の止まり木に。そして、いつしか朽ち果てて、遂には炭素に姿を変えて、天に還っていくのであろう。

 

私とは、私以外のものだった。私とは、私以外の命がつくる、小枝のごとき像だった。されば、まだ見ぬ、あなたのおかげもここにある。私はあなたでできているのだ。 

ではではまた次回(^^♪/////////

 

 

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あなたとのご縁を楽しみに、今日も精進致します。

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よわねこギャラリー07/あなたへのメッセージ